ドイツ人シェフ、ディックさんの気まぐれドイツ料理

久保語録
12 /04 2016


久保です。先日、京都のある社会福祉法人へ見学、打ち合わせに行きました。いろいろ勉強させてもらいましたが、提案型の事業展開をしてきた話が強く印象に残りました。さて、話は変わりますが、イタリア料理屋さんに行くと、よくシェフの気まぐれピザやシェフの気まぐれパスタといったメニューがあります。この「気まぐれ」にはいいイメージがありますね。陽気で腕が確かなイタリア人シェフがラテン系ののりで、たまたまその日仕入れた材料をその時の気分で自由奔放に料理する。そしてそれがまた美味しい。この気楽なアドリブの雰囲気には魅力がありますね。
しかし、よく考えてみると、これはイタリア人だから成立する話です。

本来、気まぐれということばは「そのときの気分次第で、したりしなかったりする」という意味で、どちらかというとマイナスのイメージのことばです。

それが証拠にこれが仮にシェフがイタリア人でなく、ドイツ人だったらどうでしょうか?

ドイツ人シェフによる「気まぐれドイツ料理」。これば絶対成り立ちません。ドイツほど「気まぐれ」ということばにマッチしない国はありません。アーリア人系血をひく厳格で実直な国民性、アドリブとか陽気なラテンの乗りとは一切関係ありません。ですから、ドイツ人のシェフ(仮にディックさん)が 、気まぐれで料理をすることはありえず、完璧に料理するか全く料理しないかの2択になります。

他の人種だとどうでしょうか?エスキモーシェフの気まぐれアザラシ料理、フィンランド人シェフの気まぐれサーモン料理、初め人間ギャートルズのシェフの気まぐれマンモス料理、火星人シェフの気まぐれ蛸料理・・・。何か不思議とみんな楽しそうに料理の腕をふるっている絵か浮かぶなあ。

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数学者はキノコの夢をみる

久保語録
11 /27 2016

くぼです。今度一羊会40周年の催しものがあります。長い間、利用者支援をしてきた歴史の重さを感じます。さて話は変わりますが、「ポアンカレ予想」 という数学界では100年以上解けなかった命題がある。2006年にペレルマンというロシアの数学者がこれを解いて一躍世間を賑わせた。ではこのポアンカレ予想とはどんなものか。簡単に言ってしまえば、ある人が地球からとっても長い縄を宇宙に投げて、宇宙を包むようにしてその縄の先がまた地球にいるある人に戻ってくるかどうかということが数学的に証明できるかということです。これには宇宙の果てはトーラスという考え方が出てきます。あと一次元から始まり十何次元までの世界が出現します。現実世界だと四次元から上を想像するのは困難を極めますが、数学的には何次元でも表すのは可能です。

ただし現実の三次元の存在を規定するには四次元が必要なのです。一般的には平面が二次元で空間が三次元であり、四次元は時間となりますが、数学的には時間に限定する必要はなく、数式が四次元になっていればいいのです。

この次元の考え方は「存在」を哲学で考える場合にある共通点があります。ドイツの偉大な哲学者ハイデッカーに「存在と時間」という名著があります。非常に難解な書物ですが、たぶん、ハイデッカーによるとあるものが存在するということは最終的には時間という軸が必要になる。あるものが存在するということは一瞬だけ存在するだけでは存在したことにならない。ある一定の期間持続して存在し続けることで初めて存在すると言えるのである。この存在し続けるために必要なのは時間である。つまり、数学でも哲学でも存在や次元を規定するには、それ自身のみでは規定できず、そのひとつ上のものが必要になるということです。この共通点があるというのは非常に興味深いです。

ジョイント食堂

神田のフォト日記
11 /25 2016


冬が一気に秋を追い越してやってきた感じですね。
寒いの苦手な神田です(;д;)


さて、ジョイントでは先日、ある2人の男達による対決が行われました。
料理の得意な久保さんと古井くんによる、カレー対決です!

パセリカレーVSバターチキンカレー
どちらもスパイスを使った本格的なカレーでした。

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事務所のみんなが昼食をとるランチタイムにキッチンに立ってカレーをよそう古井くんと久保さん。

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2人のうち、どちらがどっちのカレーを作ったのかは知らされていません。
食べた人がどっちが美味しかったかを後で投票するシステムです。

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みんな真剣にじっくりと味わって食べていました。
マイルドで優しい味わいのバターチキンカレーとピリリとスパイシーなパセリカレー。
どちらのカレーも美味しくて、甲乙つけがたし!

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みんな粛々と投票用紙に記入をしてました。

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結果は…

8対6でパセリカレーの勝利!

パセリカレーを作ったのは向かって左の古井くん。
ほんとにいい勝負でした。
2人には新しいカレーの研究に励んでもらって、是非またみんなを幸せにするカレーを作ってほしいなと思っています。
ごちそうさまでした(* ´ ▽ ` *)

イノナカスケスケクン

久保語録
11 /20 2016

久保です。健康診断の季節になりました。35歳以上の特定健診で胃カメラかバリウムを選ぶというのがありますが、胃カメラとバリウムという言い方には常日頃違和感を感じています。胃カメラはまだいいとしても、バリウムは検査が始まる前に飲む胃の中を見えやすくするための液体であり、この液体の名前をこの検査自体の名前にしてしまうことには大きな疑問を感じます。どうしてこうなってしまったのか。もしかしたら包装紙愛好同盟の陰謀かもしれません。本当は胃カメラのようにバリウムのほうも、両手でとってをつかみ、身体全体を押しあてて、右や左に無理な体制でひねりながら、最後はボクシングのグラブみたいなもので胃を強く押される、あの機械の名前がわかれば、それをこの検査の名前にしたのに。そういえば、あの機械の名前は聞いたことがない。病院は絶対に教えてくれない。あの機械の名前は何なのだろう?言うと恥ずかしい名前なのか?例えば、イノナカスケスケクンとか。いずれにせよ、この機械の名前が世間に知られていないのはハウスバーモントカレー
の陰謀かもしれない。

少し専門的に言うと、胃カメラのことは内視鏡検査、バリウムのことは胃透視検査と言います。しかし、「ないしきょう」と聞いて私がすぐ連想するのは「ナイシ卿」である。ヨーロッパの由緒正しき貴族の家柄の名前であり、決闘になれば、西洋の鉄兜を着用し、名馬にまたがり、手にはサーベルを持ち、ミモザの生い茂る高原を颯爽と走り抜ける、あのナイシ卿である。その決闘の相手とはきっとナイシ卿の永遠のライバルで、同じく貴族のサンメン卿である。ナイシ家とサンメン家は昔から貴族の位が同じくらいで、各々の城もロワール川の流域にあったので両家の交流は盛んに行われ、二人は小さい頃から兄弟のように育てられた。青年になるにつれて、豪快で天衣無縫なナイシ卿と冷静で理論家のサンメン卿はお互いに、また周囲からもライバル視されてきた。フェンシングが得意なナイシ卿に対してアーチェリーが得意なサンメン卿。馬術に関してはほぼ互角の力である。この二人がハップスブルグ家のお姫様をお妃として奪うために正々堂々と男らしい決闘をすることになるのは何という運命のめぐり合わせだろうか。決闘はミモザの生い茂る高原で昼の12時ジャストに始ま
った。ハイヌーンである。名馬にまたがり少しずつ距離をつめる二人。サーベルの剣の先がしなった。いよいよ決闘がはじまる・・・・・と空想を巡らしていると「くぼさ~ん、胃カメラおわりましたよ」と言われて我にかえると、私は診察室の中にいたのでした。

コエンザイムQ10とお肌との関係

久保語録
11 /13 2016

久保です。すずかけの今のせっけんは私がいるときに始めました。田香煙というお店をゆうゆうから紹介してもらい、そこでせっけん素地とハーブを仕入れて、せっけん作りを始めました。
初めはオリオンの利用者を連れてゆうゆうに作り方を教えてもらうところから始めました。初めはラベンダー、ローズマリーなど少しの種類から始めましたが、田香煙さんからいろいろアイデアをもらい、竹炭せっけんやカロオイルせっけんを作り始めました。カロオイルの中にはコエンザイムQ10が含まれていて、初めは「コエンザイムQ10せっけん」と名付ければバカ売れすると思い、そうしたかったのですが、ほんのちょっとしか含まれていないそうなので、さすがに気が引けて、カロオイルせっけんと名付けました。しかし、販売するときはコエンザイムQ10を大々的にアピールします。「お肌にいいコエンザイムQ10入っていますよ!」と。

さて、カロオイルせっけんの初めての販売は砂子療育園でのお祭りのときに行ないました。いつものように利用者の立ち回りの出し物とセットで販売に行きました。このときボランティアで来ていた武庫女の3人が砂子の計らいで私たちの販売の応援についてくれることになりました。もうこうなると「テレビショッピング方式」しかありません!洗面桶にタオルそしてコエンザイムQ10せっけんを置いておき、武庫女の学生に実演してもらいます。「あっ、このせっけんで手を洗ったら手がすべすべ!」「ねえねえ!このせっけんで顔を洗うと顔もすべすべになるよ~」。
若い学生さんですからもともとすべすべで、いくらコエンザイムQ10だって瞬間的に効果は出ないはずですが、この実演販売は効果絶大で、すぐ売り切れました!武庫女の学生は何度も手や顔を洗ってくれて、そのたびにせっけんは売れていき、学生さんたちも乗りに乗ってくれて、まさに水を得た武庫女でした。