Oh…?!「寿司」!

児童デイサービス 「カノン」
06 /03 2016
こんにちは!児童通所の「カノン上甲子園」担当の大川です。
今回お知らせがあり、番外編としてこの場をお借りしています。
その前に、カノン上甲子園について簡単にご説明を・・・!
高校生が通う「放課後等デイサービス」で、刺繍などの創作活動や清掃活動、
余暇活動では音楽バンドや絵を描く活動など、色々なことに取り組んでいる事業所です。^^

なんと!一般の方、アーティストの方など2歳から94歳まで幅広い方々が参加する
全国規模の作品展:「ポコラート全国公募展Vol.6」

カノン上甲子園の木下晃希(きのしたこうき)さんが、入選しました!\(^^)/
過去分だけで応募数延べ6,000点を超えるような大きな場ですが、今回応募数1634作品という非常に多くの作品の中から選出されました…!
どのような作品かというと…?

IMGP4766.jpg

IMGP4747.jpg

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横幅57㎝ 奥行56㎝ 高さ6㎝


Oh…?!「寿司」!


ただの寿司ではないんです・・・
この材料は、なんと!もともと木下さんが紙をシュレッダーにかけていたもの。
あくる日、細断された紙を見て丸めてはペタペタ・・・丸めてはペタペタ・・・
何をしてるんだろう…?と思いきや。数か月にわたりその数は大きいの段ボールいっぱいに!
そこから生まれたのがこの「寿司」でした。一つ一つ見ると、細かく丁寧に仕上がってますね!
この間「えびに何かかかってる…」と思い、尋ねると「エビマヨ!!」と教えてくれました^^
見ているだけでとっても楽しい(美味しそう…)作品ですね♪
段ボールいっぱいに詰まってるだけで、開けた人がビックリしそうで思わずニヤけますが
せっかくなので、いれものも作ってみる?といくつかイメージの写真を提示しつつ相談!
そこから、「寿司桶」作りがスタートしました。
段ボールに墨を塗り、その上に描く模様…。本格的です。
が、どこか遊び心があって木下さんのアレンジが効いているような優しい感じがしますね^^


木下晃希さん と 最近の作品↓↓

CIMG4069.jpg

木下さん②

木下さん①

ちょっと遠方ですが、全国から集まった素敵な作品が見られる機会です*
ぜひ、みなさん来て下さいね~!!


◆「ポコラート全国公募展Vol.6」
・開催時期 7月16日(土)~8月8日(月)
・場所   アーツ千代田3331内 メインギャラリー 

※アクセスや時間については、今後下記のHPにてアップされると思いますので
確認をお願いします。

◆ポコラートHP http://pocorart.3331.jp/



他にも、木下さん今月末から開催される作品展にも出展されています!
facebook拝見しましたが、とっても素敵でした*


◆art-HRM portfolio class exhibition 
~障害のある人たちの絵画作品のレンタルを目的とした展覧会~
 ・開催時期 5月31日(火)~6月5日(日)10時~18時まで
                            ※最終日は16時まで
 ・場所   西宮市立市民ギャラリー

◆facebook  https://www.facebook.com/Art-hrm-Workshops-374148852794035/




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『人とのつながりとコミュニケーション』           広報誌「こんにちはジョイントです!」より

久保語録
06 /02 2016
ジョイントの久保です。今回は、『人とのつながりとコミュニケーション』についてお話ししたいと思います。

 言葉のほとんどない方、またはある程度話せても自由にご自分の意思を伝えるのが苦手な方が利用者の中にはいらっしゃいます。このような自分の意思が伝わらないことによるもどかしさ、不安、焦燥感をおそらく感じていらっしゃる方が多いと想像されます。
 しかし、「自分の意思が伝わらないことによるもどかしさ」というのは、程度の差はあれ一般的によくあることで、特に外国旅行した時によく遭遇します。

 私は20年以上前に西欧を旅したことがあり、フランスのヴィシーという町でホームステイをしました。年配のフランス人夫妻の家に国籍の違う4人の男女が一つ屋根の下で2週間生活しました。夕食では毎晩マダムが料理の腕を振ってくれて、大皿のスープから始まり、大皿のサラダ、大皿のメインがどんどん食卓に並び、私たちはそれを各々の小皿に取り分けて、本場のバケットと共にいただきます。大皿に乗ってきたスープは最後はいつも少し残り、残りをその家で飼われていた犬が飲んでいました。しかし、スープ大好きな私がいる間はその残りをすべてたいらげていて、その犬にとっては夕食だったかもしれず、数日経つうちに心なしか段々やせ細っていきました。犬にとっては何とも気の毒な話です。

 話はずれますがこの頃私は何しろよく食べていました。小学生の時から大食漢で、その時のエピソードを一つ。朝礼でクラス紹介があり、うちのクラスはそれぞれが自分の特技や趣味を「…チャンピオン」として披露したのですが、私はよく食べていたのでなんと「給食チャンピオン」として紹介されました(給食チャンピオンになった決め手は、ある日の給食のメニューが皆があまり好まない「かぼちゃシチュー」で、私のみが何度もおかわりに行っていたら、先生が「給食の大きな鍋ごと机に持っていって食べなさい!」と言われたので、仰るとおりに机に大きな鍋を置いて立ったままお玉で食べたエピソードによります)。そして、「給食チャンピオン」と書かれたたすきを斜にかけ朝礼台に上がった思い出があります。他の級友は各々特技を披露して喝采を浴びている中、私はそこで給食を食べるわけにもいかず、ただ突っ立っている姿は何とも間抜けなものでした。
 ここでも大食らいで西欧人にひけをとらないくらい食べていたら、夫妻から「プーベル、プ―ベル」と呼ばれるようになりました。この単語の意味を知らなかった私は、「よく食べて健康的だ」くらいの意味にとっていたので、「私はプーベルって呼ばれているよ」と得意がって周囲に言っていました。が、あとで「プーベル」とはゴミ箱の意味だと知り、「おお、これがフランス流のジョークなのか」とおもしろがったものでした。

 さて、たまたまこのとき湾岸戦争(イラクがクウエートに侵攻して多国籍軍が反撃しクエートを解放した戦争)の真っ最中だったということもあり、夕食に上る話題の中心はこの戦争にまつわる政治・宗教の話でした。
 ドイツ人のエンジニア(名前は確かディックといいました。頭が切れる固いいかにものドイツ人でした)がいつも議論の中心にいました。会話はもちろん仏語で行われます。ディックはすでにある程度の仏語が話せたので矢継ぎ早にしゃべってきます。私はほとんど仏語を勉強していないままで渡仏したので(今でもほとんど話せませんが)、聞く内容はなんとか半分くらいはわかっても黙って聞いているほうが多い状態でした。議論が白熱するうちに、ディックは日本批判やそれ以外の話題でも私と違う辛辣な意見を言ってきました。さすがに私も「それは違う・・・」と反論したくなるのですが、なにせ言葉が出てきません。日本語だったらうまく反論できると思うのですが、それを仏語でいうとなるとうまく単語が出てこず、「う~」となります。そのような場面が何回かありイライラした感情が表情に出たのでしょう、私に向かって「お前は、いつもすぐイライラする、おこりっぽい、感情的だ、日本人はみんなそうなのかと」と言われてしまいました。言葉が出ないことに悔しくてイライラしているのに、性格が怒りっぽいといわれると地団駄を踏む思いでした。

 このことから言えるのは、共通のコミュニケーション手段があるかないかということが、イライラする感情を新たに生み出してしまうかどうかと密接な関係があるということです。意思疎通がとれないことだけが、イライラの感情を生み出したわけで、共通のコミュニケーション手段があれば、何の問題も起らなかったということです。

 私たちの仕事に当てはめると、共通のコミュニケーション手段があるかないかで利用者の状態に大きな差が出る可能性があるということが言えます。そして、共通のコミュニケーション手段というのは当然「言葉」だけではないというのもよく言われることです。また、もうひとつ言えるのは、その人のその時の感情がその人が持っている元々の性格から出ているものなのか、または、何か別の物に影響されてその時の感情になっているのかを見極めることの大事さです。もし、後者であれば、悪影響を及ぼしている外的要因を取り除くことに主眼を置きます。そして、そのように分析できれば、冷静で共感的な対応をしやすいといえます。我々の世界でよく言われることですが「本人ではなく環境を変える」にたどりつきます。

 一方、全てをその人のもともとの性格に起因させると、逆に支援者がイライラする結果に陥りかねません。このことは、人間の行動を、人に内在している要素、つまりいわゆる性格的なものに原因を求めてしまうと、ABA(応用行動分析)で言うところの「いわゆる循環論になってしまい問題の本質に向かわない」という話にリンクします。

 では、違う視点からもう少しこの問題を考えてみたいと思います。なぜ人は自分の意思が伝わらないともどかしくなりイライラするのでしょうか。いろいろな考え方があると思いますが、「人は自分の意思が相手に伝わることで、自分がこの社会に存在しているという実感を得る」というのが人間の根本にあるという立場を私はとります。自分が何か発信してそれが周囲に理解されることで自分の存在が証明され、結果として安心感につながるような気がします。まさに、アイデンティティが保たれることによってはじめて人間は安心感を得るということが言えます。これはだれもがもつ人間の本能的なものかもしれません。ですから、相手に意思が伝わらないと不安になりそれが焦燥感につながるのではないでしょうか。

 よく人は悩みがある時に他人に相談します。その時相手に話しをきいてもらい共感してくれるだけですっきりすることがあります(特に相手の答えがほしいのではありません。共感のみがほしいのです。仮に自分の意に反する答えが返ってくると、却って相談している方がイライラするというおかしな結果に陥ります)。この場合の「共感してくれる」とは「自分の意思が相手に伝わっている」こととイコールであり、聞いてもらう→共感してもらう→安心感を得るという構図になっています。考えてみれば発散だけなら、一人で悩みをしゃべっていればいいわけです。しかし、ふつうそんなことをしても発散できません。聞いてくれる人がいないとダメなのです。つまり、やはり「自分の存在証明がほしい。それにより不安が安心に変化する」ということが言えます。

 さて、このような楽しくないフランスでの夕餉の日が続き(夕食の場面以外ではとても楽しい日々を過ごしたのですが)、いよいよ2週間というホームステイも終わりの日が来ました。最後の晩餐は、ごちそうが出て、そして盛りあがった末になぜか演芸大会になりました。イタリア人の看護師はカンツオーネをうたったり、日本人女性は習字を披露したり、私もここぞとばかり落語や講談を披露しました。ホストファミリーは大喜びで私もすかっとしました。その時です!いつもは議論で食卓の中心だったディックがおそらくこういう場面は苦手なのでしょう、おとなしくすごすごと2階へあがって行ったのでした。  

一羊会「ジョイント」

兵庫県西宮市にある一羊会「ジョイント」です。何気ないジョイントの日常やスタッフが何気なく思うことを発信していけたらと思います。どうぞ、のぞいてみてください♪

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