数学者はキノコの夢をみる

久保語録
11 /27 2016

くぼです。今度一羊会40周年の催しものがあります。長い間、利用者支援をしてきた歴史の重さを感じます。さて話は変わりますが、「ポアンカレ予想」 という数学界では100年以上解けなかった命題がある。2006年にペレルマンというロシアの数学者がこれを解いて一躍世間を賑わせた。ではこのポアンカレ予想とはどんなものか。簡単に言ってしまえば、ある人が地球からとっても長い縄を宇宙に投げて、宇宙を包むようにしてその縄の先がまた地球にいるある人に戻ってくるかどうかということが数学的に証明できるかということです。これには宇宙の果てはトーラスという考え方が出てきます。あと一次元から始まり十何次元までの世界が出現します。現実世界だと四次元から上を想像するのは困難を極めますが、数学的には何次元でも表すのは可能です。

ただし現実の三次元の存在を規定するには四次元が必要なのです。一般的には平面が二次元で空間が三次元であり、四次元は時間となりますが、数学的には時間に限定する必要はなく、数式が四次元になっていればいいのです。

この次元の考え方は「存在」を哲学で考える場合にある共通点があります。ドイツの偉大な哲学者ハイデッカーに「存在と時間」という名著があります。非常に難解な書物ですが、たぶん、ハイデッカーによるとあるものが存在するということは最終的には時間という軸が必要になる。あるものが存在するということは一瞬だけ存在するだけでは存在したことにならない。ある一定の期間持続して存在し続けることで初めて存在すると言えるのである。この存在し続けるために必要なのは時間である。つまり、数学でも哲学でも存在や次元を規定するには、それ自身のみでは規定できず、そのひとつ上のものが必要になるということです。この共通点があるというのは非常に興味深いです。
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ジョイント食堂

神田のフォト日記
11 /25 2016


冬が一気に秋を追い越してやってきた感じですね。
寒いの苦手な神田です(;д;)


さて、ジョイントでは先日、ある2人の男達による対決が行われました。
料理の得意な久保さんと古井くんによる、カレー対決です!

パセリカレーVSバターチキンカレー
どちらもスパイスを使った本格的なカレーでした。

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事務所のみんなが昼食をとるランチタイムにキッチンに立ってカレーをよそう古井くんと久保さん。

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2人のうち、どちらがどっちのカレーを作ったのかは知らされていません。
食べた人がどっちが美味しかったかを後で投票するシステムです。

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みんな真剣にじっくりと味わって食べていました。
マイルドで優しい味わいのバターチキンカレーとピリリとスパイシーなパセリカレー。
どちらのカレーも美味しくて、甲乙つけがたし!

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みんな粛々と投票用紙に記入をしてました。

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結果は…

8対6でパセリカレーの勝利!

パセリカレーを作ったのは向かって左の古井くん。
ほんとにいい勝負でした。
2人には新しいカレーの研究に励んでもらって、是非またみんなを幸せにするカレーを作ってほしいなと思っています。
ごちそうさまでした(* ´ ▽ ` *)

イノナカスケスケクン

久保語録
11 /20 2016

久保です。健康診断の季節になりました。35歳以上の特定健診で胃カメラかバリウムを選ぶというのがありますが、胃カメラとバリウムという言い方には常日頃違和感を感じています。胃カメラはまだいいとしても、バリウムは検査が始まる前に飲む胃の中を見えやすくするための液体であり、この液体の名前をこの検査自体の名前にしてしまうことには大きな疑問を感じます。どうしてこうなってしまったのか。もしかしたら包装紙愛好同盟の陰謀かもしれません。本当は胃カメラのようにバリウムのほうも、両手でとってをつかみ、身体全体を押しあてて、右や左に無理な体制でひねりながら、最後はボクシングのグラブみたいなもので胃を強く押される、あの機械の名前がわかれば、それをこの検査の名前にしたのに。そういえば、あの機械の名前は聞いたことがない。病院は絶対に教えてくれない。あの機械の名前は何なのだろう?言うと恥ずかしい名前なのか?例えば、イノナカスケスケクンとか。いずれにせよ、この機械の名前が世間に知られていないのはハウスバーモントカレー
の陰謀かもしれない。

少し専門的に言うと、胃カメラのことは内視鏡検査、バリウムのことは胃透視検査と言います。しかし、「ないしきょう」と聞いて私がすぐ連想するのは「ナイシ卿」である。ヨーロッパの由緒正しき貴族の家柄の名前であり、決闘になれば、西洋の鉄兜を着用し、名馬にまたがり、手にはサーベルを持ち、ミモザの生い茂る高原を颯爽と走り抜ける、あのナイシ卿である。その決闘の相手とはきっとナイシ卿の永遠のライバルで、同じく貴族のサンメン卿である。ナイシ家とサンメン家は昔から貴族の位が同じくらいで、各々の城もロワール川の流域にあったので両家の交流は盛んに行われ、二人は小さい頃から兄弟のように育てられた。青年になるにつれて、豪快で天衣無縫なナイシ卿と冷静で理論家のサンメン卿はお互いに、また周囲からもライバル視されてきた。フェンシングが得意なナイシ卿に対してアーチェリーが得意なサンメン卿。馬術に関してはほぼ互角の力である。この二人がハップスブルグ家のお姫様をお妃として奪うために正々堂々と男らしい決闘をすることになるのは何という運命のめぐり合わせだろうか。決闘はミモザの生い茂る高原で昼の12時ジャストに始ま
った。ハイヌーンである。名馬にまたがり少しずつ距離をつめる二人。サーベルの剣の先がしなった。いよいよ決闘がはじまる・・・・・と空想を巡らしていると「くぼさ~ん、胃カメラおわりましたよ」と言われて我にかえると、私は診察室の中にいたのでした。

コエンザイムQ10とお肌との関係

久保語録
11 /13 2016

久保です。すずかけの今のせっけんは私がいるときに始めました。田香煙というお店をゆうゆうから紹介してもらい、そこでせっけん素地とハーブを仕入れて、せっけん作りを始めました。
初めはオリオンの利用者を連れてゆうゆうに作り方を教えてもらうところから始めました。初めはラベンダー、ローズマリーなど少しの種類から始めましたが、田香煙さんからいろいろアイデアをもらい、竹炭せっけんやカロオイルせっけんを作り始めました。カロオイルの中にはコエンザイムQ10が含まれていて、初めは「コエンザイムQ10せっけん」と名付ければバカ売れすると思い、そうしたかったのですが、ほんのちょっとしか含まれていないそうなので、さすがに気が引けて、カロオイルせっけんと名付けました。しかし、販売するときはコエンザイムQ10を大々的にアピールします。「お肌にいいコエンザイムQ10入っていますよ!」と。

さて、カロオイルせっけんの初めての販売は砂子療育園でのお祭りのときに行ないました。いつものように利用者の立ち回りの出し物とセットで販売に行きました。このときボランティアで来ていた武庫女の3人が砂子の計らいで私たちの販売の応援についてくれることになりました。もうこうなると「テレビショッピング方式」しかありません!洗面桶にタオルそしてコエンザイムQ10せっけんを置いておき、武庫女の学生に実演してもらいます。「あっ、このせっけんで手を洗ったら手がすべすべ!」「ねえねえ!このせっけんで顔を洗うと顔もすべすべになるよ~」。
若い学生さんですからもともとすべすべで、いくらコエンザイムQ10だって瞬間的に効果は出ないはずですが、この実演販売は効果絶大で、すぐ売り切れました!武庫女の学生は何度も手や顔を洗ってくれて、そのたびにせっけんは売れていき、学生さんたちも乗りに乗ってくれて、まさに水を得た武庫女でした。


朝日新聞は我輩は猫であるをもっともな理由をつけて今連載しているが恥ずかしくないのだろうかの巻

久保語録
11 /10 2016


久保です。作家には文体を持っている人とそうでない人がいると三島由紀夫は言っている。そして文体を持っているかどうかということと文章が上手かどうかということは必ずしも一致しないそうである。谷崎潤一郎や川端康成は文体を持っているが島崎藤村や志賀直哉は文体を持っていないと区別している。では文体を持っているとはどういうことであろうか。・・・

世に文豪と呼ばれる文学者がいる。夏目漱石や森鴎外がその代表であり、外国で言うとバルザックやドストエフスキーやスタンダール。日本の中でさらに言うと谷崎は入ると思うが川端・島崎になるとあやしくなってきて、梶井基次郎や横光利一は多分そうは言わない。文豪の定義とは何であろうか。そもそも何ですごい作家のことを文豪というのだろうか。豪という言葉は、豪傑、豪快、豪族、豪雨、という単語を例にだすまでもなく、「すごいけどあらっぽい」というイメージがあるのでり、メランコリーに悩まされていて、小説も「こころ」「それから」「門」のようなうじうじした作品を書く人がなぜ文豪なのかよくわからない(ちなみに私はこの中では門が好きです) 。

・・・そう考えると文学は他のジャンルと比べて特殊なことが多い。今述べた文豪もそうだが、言葉で書かれたお話を文学というのがそもそもおかしい。文学は学問ではないのに文学という。文学部というのはもっとも曖昧である。文学部と言った場合、本来学生が小説を書くサークルであらねばならないのに、なぜか文学部は文学を学問として研究する一部門になってしまう。

小説ということばも意味を成していないし、そもそも小説・戯曲などを学問として研究するというのが、ほかの自然科学や社会科学と同列とは思えないし、文学はどんなに研究しても結局それを読んだ人の単なる感想から抜け出せないわけである。・・・そう考えるとなぜ私は文学部にいたのだろうか。




ハブとマングース

久保語録
11 /08 2016


久保です。先日すず かけ作業所の沖縄旅行の飛行機の話が好評だったので、その続きの話をします。

沖縄に無事に着いて、沖縄の古い村を再現した沖縄村という観光スポットに行きました。

そこには、沖縄の古い住居がいくつか再現され展示されていて、その中で泡盛などの名産品を売っていました。その会場の奥の隅の方に怪しい円形型の建物があり、近づいてみると立て看板に「ハブとマングースの対決ショー」と書いてありました。怪しくておもしろそうだったので、利用者の方たちと中に入りました。 なかは中心の地面が少し掘られて平らにされていてそこがステージです。その回りの客席は外側に向かって高くなっていて、ギリシャ古代円形劇場の屋根つきみたいな感じです。このいかにも怪しげなサーカス小屋のような建物の中に入ると、まずなぜか3Dメガネを渡されました。劇場の端にはハブにとぐろを巻かせそれを丸焼きにしたもの(一応民間療法の薬だそうです)がそこらに置いてあり、とにかく怪しい。開演しました。まず白衣を着た白髪でメガネのいかにも博士みたいな怪しい老人が出てきていろいろ説明をしたあとに「では今からハブとマングース見ていただきます」と言うと意外なことにステージの両側の地面から電気仕掛けで透明な縦長の筒状のケースがにょきにょき現れてきました。片方のケースには本物のマングースが、も
う片方のケースには本物のハブが入っています。この老人の博士は両方の透明なケースを順番にあけて、生きたハブとマングースを観客に見せつけました。ハブについては細い木の棒の先に針金がついている道具にハブを引っかけ、客席に投げるような仕草をしたので、そのたびに観客は「わー」と驚きます。「ではいよいよハブ対マングースの対決をご覧にいれる」と言ったので、沖縄の獰猛な動物同士が目の前でどんな対決をするのだろうかとわくわくドキドキしていると、意外にもまず会場の電気が消えました。次にステージの天井からスクリーンが降りてきて、それと同時にハブとマングースのケースも電気仕掛けでまたステージ地面の中に消えていきました。「あれっ、どういうことだ?」すると「みなさん、お手元の3Dメガネをおかけください」というアナウンスが流れました。まさか・・と思いましたが、案の定、突然ハブとマングースの対決のアニメが始まりました。確かにに3Dだし、マングースの顔が突然アップになって舌なめずりしたりして、迫力がないわけではありませんが、しょせんアニメです。漫画のハブとマングースの対決を見て何の意味があるのでしょう
か?腹がたつのを通り越して、あきれてしまい、そのばかばかしさに笑ってしまいました!利用者のみんなは結構楽しんでいましたけどね。

沖縄くんだりまできて何でアニメを見させられなきゃいけないんだ、と思いながら出口をでるとき係の人が「ハブのまるごと蒸し焼きどうですか?」とお土産に勧めたので「いらないっつーの」

ある世界的に有名な抽象画家の憂鬱

久保語録
11 /03 2016


久保です。
昔(今でもやっているかもしれませんが)、尼崎の上坂部だか下坂部で町内をあげてベニヤ板コンクールという絵画展が開催されていました。休日の日の商店街の道に大きなベニヤ板に書かれた絵画が堂々と並べて展示され、審査員長は当時世界で活躍していた有名な抽象画家でした。

S作業所のNさんは、このベニヤ板コンクールで毎年のように入賞していました。Nさんの描きかたは独特で、描いている途中で眠くなれば寝るし、また起きて描くし、といった非常に自由に気のおもむくままに描きます。画風も自由で豪快で天衣無縫でした。

さて、ある年のベニヤ板コンクールにNさんは参加し、私も同行しました。この時、Nさんが描いたテーマは当時流行っていた団子三兄弟でした。大きなベニヤ板いっぱいに団子三兄弟の顔が豪快に描かれていました。

エクシビジョンが終わり、いよいよ審査発表が商店街のある展望の二階の会議室で行われました。Nさんは見事に銀賞を獲得しました。

表彰式のあと審査員の画家と会場とのやり取りがあり、ある美大生がその画家に少し不満気に質問しました。「僕は~美大に通って日々絵画の勉強をしていて、作品も作っています。でも今まで一度もこのコンクールで入賞したことがありません。どうしたらいいんでしょうか」という内容の質問でした。画家は次のように言って喝破しました。「型にはめられたことしか教えない美大なんぞにいて、いい作品が描けるわけがない!だからお前たちはダメなんだ!それに比べて(と言って何とNさんの絵を指しながら)この銀賞を取った団子三兄弟の作品を見ろ!自由さにあふれていて、見る者を魅きつける。この三兄弟のそれぞれの顔を見ろ!それぞれが少しずつ違う。そこがすごいんだ!」

三兄弟の顔が違うのが何でそんなにすごいのかよくわかりませんでしたが、そんなことはどうでもよく、私は快哉を叫びました(つまり心の中でやったあと叫びました)。

特に本格的に絵画の勉強をしたこともなく制作中も眠くなったら寝てしまうNさんの作品が、そこらの美大生に勝ったということに溜飲が下がりました(つまり気持ちがスカッとしました)!


Nさんはさすがに大物です。美大生に勝ったとか負けたとかは意に介さず(つまり特に関心を示さず)、副賞の電気ポットを嬉しそうに眺めていました。



一羊会「ジョイント」

兵庫県西宮市にある一羊会「ジョイント」です。何気ないジョイントの日常やスタッフが何気なく思うことを発信していけたらと思います。どうぞ、のぞいてみてください♪